君がくれたのは毒でした

01




彼は人気なのだと思う。否、誰の目から見ても確実に人気がある。
それは一応彼の彼女というポジションにいる千鶴も痛いほどわかっており、彼を好きな女の子達から向けられる視線は決して優しいものではない。
しかも、彼に愛されているのかと問われればそれは千鶴本人にすらわからない。彼女自身、何度本当の彼女ならいいかと望んだか覚えていないほどなのだ。
「ねぇ、本当にこのままでいいの?」
そう問うたのは千鶴の親友である千姫、彼女はどうして一応彼女という位置にいるかという理由は知っていた。
しかし、それでも尚彼、沖田総司の近くにいる千鶴の気持ちなど到底わかり得ないが。
「わからない、将来的に別れることになるんだろうけど」
ガヤガヤとやかましいファミレス店内で、メロンソーダの泡がはじける様を千鶴はずっと見つめ続けている。
千姫の方は先ほどから数えられる程度しか見ていない、それほどまでに今の状況は彼女を追い詰めていた。
「あの人とのお付き合いはあまりお勧めしないわ、だけど好きなんでしょ?」
千鶴は視線をソーダに合わせたまま、コクリと小さく頷いた。先ほどから一口も手を付けていないそれから生まれる気泡は、徐々に減ってきている。
それほどの時間を千鶴はただ呆然と過ごしていたのだ。
「別れられたらいなって思うには思うの」
いくら思っても思うだけ、実行に移そうとしたことなど一度としてなかった。
そもそも彼と出会わなければ、などという愚かな願望すら炭酸の泡と共に消え失せる。


彼、沖田総司と千鶴の出会いは決して人が憧れるような素敵なものではなかった。
元々千鶴は彼がどれほど人気なのかも知っており、それと同時に数々の問題を抱えているという事も噂で聞いていた。
しかも、そのほぼすべてが女の人絡みで尚更関わりたくないと千鶴は思っていたのだが、ある出来事を切っ掛けにして今までの平々凡々な生活から別れを告げることとなってしまうのだ。
その日、千鶴の幼馴染である平助と千鶴はお互いの弁当箱を間違えてしまったらしい。
家が隣同士の事もあってか、少量を作るよりも多く作った方がいいという理由で、千鶴は自分と薫の分のほかに平助の弁当も一緒に作っている。
それには平助の母も大変感謝しており、時々高級そうなお菓子を持ってきてくれるほど。
しかし、いつもならばまず間違うはずのない弁当を何故間違えたのかというと、珍しく千鶴が遅刻してしまい、よく確認せずに彼へ渡してしまったというごく単純なものだった。
薫と間違えたならばわざわざ届けに行く必要はないのだが、育ち盛りでよく食べるという事も考慮し、彼の分は少し多めに作ってある。
彼は千鶴の分の弁当だけでは満足しないだろうし、彼女自身も多すぎて残してしまうかもしれない。
ともなれば、どうせ同じ学校なのだし届けに行った方がいいだろうという結論に至ったのだが、それが大きな間違いだった。
平助にメールで許可を取り、今なら二年は全員合同で体育だからと安心して教室へ入って行ったのだが、そこで見てしまったものは、目を疑う光景だった。
最中だったのだ。女が男に跨り、男もそれを受け入れて……誰もいない教室、絶好の場所だったのだろう。
入る前に気づけばよかったものの、授業の合間にある十分程度の休み時間だ、千鶴も急いでいたのか、そんなことを確認できる余裕などなかった。
「なんなのよあんた!」
そう声を上げたのは彼にまたがっていた女。千鶴はといえば、ショックが大きかったのか、まるで石になってしまったとでも言うかの如くピクリとも動かない。
「何とか言いなさいよ」
露出した肌を隠すこともないまま千鶴の前にたった女、そんな彼女の言葉に何の反応も示さない千鶴をみかねてか男の方が口を開いた。
「もういいでしょ、萎えちゃったし」
そう言って彼は乱れた衣服を正すと、女の方に近寄り一言"また今度ね"と紡ぐ。すると彼女は残念そうなため息を一つ付き、彼同様に乱れた衣服をもとに戻すと、そそくさと教室を後にした。
千鶴はと言えば、その一部始終を見たにもかかわらず、体の硬直はそのままだ。
「ねぇ、聞いてる?……ねぇってば!」
その声に千鶴はビクリと肩を揺らし、瞳に脅えの色を滲ませたまま彼を見た。
「あ、あの……」
彼は興味深そうに千鶴の目を見つめる。
「大丈夫、何もしないから怖がらないでよ」
何が大丈夫なのかと千鶴は思う、自分が入ってきてしまったせいで彼女との営みを邪魔している、しかもその彼女は怒っていたし、そもそもどうして教室であんなことをと考えれば考える毎に混乱という名の糸がこんがらがっていくような感覚に陥った。
「あの、私はただ幼馴染にお弁当を届けに来ただけで、見るつもりなんて全くなかったんです!」
千鶴は正直に今の状況を口にする、彼はそんな事聞いていないのに。
「そう、大変だね。届けようか?」
幼馴染の教室にいるのに届けるも何もない気がすると内心千鶴は思うも、実際このクラスの人間ならば平助の席を知ってるだろうし、自分で探すよりは効率がいいと考え、彼女はゆっくり頷き弁当を差し出した。
「お願いします。えっと届け主は藤堂平助君です」
彼はその答えににっこりと微笑み返す。
「平助ね、お願いされました」
その笑みに、悪い人ではないのかもしれないと千鶴は胸を撫でおろした。
「で、お礼は何?」
のもつかの間、千鶴の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるとでもいうように彼女は首を傾げる。
「お礼って……」
元は自分から持ちかけてきたのに、と千鶴は疑問の表情を浮かべるがそんなことなど彼には関係ないようで、もう一度笑顔を保ったままで"お礼は?"と問いかけた。
「……何がいいんでしょうか」
彼女は思う、お礼と言われてもすぐに思い浮かぶものなど無いと。お礼というのはされる側にとって良いものでなくてはならない、少なくとも千鶴はそう思っている。判断を誤れば恩を仇で返すということにも成りえないそれを、自分の判断だけで決めると言うのには些か抵抗があった。
「面白い事聞くね」
その言葉に、千鶴の脳内は疑問符だらけになってしまった。そうでなくても混乱しているというのに、これ以上は彼女の思考では付いていけない。
そんな千鶴とは裏腹に、彼はいい玩具でも見つけたような期待を滲ませた表情していた。
「じゃあ、明日僕にもお弁当作ってきてよ」
唐突に告げられた言葉に、千鶴はそんなことでいいのかと、きょとんとした顔で彼を見つめる。 「そんなことでいいなら構いませんが」
先ほどのあれを邪魔してしまったのだ、それに比例するほどの事だろうと覚悟はしていたのだが、どうやらそんなことはないらしい。
「でも、彼女さんに作ってもらった方がいいんじゃ……」
ただ、千鶴には気になっている事が一つある、先ほどの彼女の事だ。
恋人同士なのだから、彼女にお弁当を頼めばいいのに、何故部外者である自分なのだろうと思わずにはいられない。
「彼女?いないよ、僕」
理解不能。千鶴は意味のわからないその言葉に、答えを待ってるとでもいうように彼をじっと見つめる。
「……だって、さっき」
彼は"ああ……"と納得がいったとでも言うように呟いた。
「あれは違うよ、友達」
友達あんなことをするものなのかと、平助を思い浮かばせて見たが、絶対にありえないと首を振る。
そもそも千鶴にはできないし、ついていけないのだ。付き合ってもいないのに事に及ぶという事自体が。
「友達ってああいう事しませんよね?」
彼はウブなんだねと笑い、耳元で囁く。
「セックスフレンド」
その言葉と熱の籠った声に千鶴は、まるで爆発でもしたかのようにボッと耳まで赤く染めた。
「せ、セッ……!?」
千鶴の反応を見て、くすくすと可笑しそうに彼は笑う。
「ああもう、君って本当に純粋だね」
君みたいな子は珍しいよと付け加え、千鶴の目を覗きこんだ。
「名前は?」
合わせられた目線に千鶴の心臓が一度大きく音を鳴らす。彼女はそれを気の迷いだと誤魔化すが、我慢できずに目をそらしてしまった。
体は自然と胸の高鳴りを肯定してしまったらしい。
「雪村、千鶴です……」
「千鶴ちゃんね、僕は沖田総司です」
その名を聞いてハッとした。クラスの女の子たちが騒いでいた先輩の名前だったから。
千鶴自身も一度薫と平助から名前を聞いた事があった。
薫には絶対に近づくなと釘を刺され、平助には悪いやつではないが目をつけられれば厄介だと言われていたと瞬間的に頭によぎる。
「明日は楽しみにしてるよ、平助だけじゃずるいもん」
そう言って沖田は千鶴から受けとった弁当をある席に置くと、あくびを一つしながら千鶴の横を通り過ぎていった。
彼女はただ茫然とそこに立ち尽くし、チャイムの音で我に返る。
とにかく関わらないに越したことはない、明日お弁当を届けた以降は出来るだけ避けよう。
そう心に誓ったのだった……しかし、それは束の間の決意に終わる。

【続】


沖千現パロ(学パロ)シリーズです。
ピクシブの方にも置いてありますのでお好きな方でご覧になっていただければと思います。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
気が向いた時にふらっと書きます、故に波更新・亀更新の可能性大。