君がくれたのは毒でした

02




彼は悩んでいた、己のベッドに寝転がりただただ天井を見詰めたまま。
部屋の中には自分の呼吸音と時計が時を刻む音だけが響いており、彼はあっという間に流れていく時間の中に身を委ねていた。
総司が思考を巡らせているのは二年ほど前に出会った自分の彼女の事。
彼女の事、と簡単に言えたなら深刻に悩む必要など無いのかもしれないが、この二人の関係は他の人達が想像するそれとは少し違う。
恋人同士という言葉の前に一応という単語がくっついている、要するに本当の恋人同士ではないのだ。
総司自身、この関係に満足しているわけではない。彼は最初から言っておけばよかったのだ、君は僕の初めてだと。
しかし、この関係は積み木のようなものだ。既に少しでもバランスを崩せば倒れてしまう程、それは不安定な状態にある。
千鶴がもう嫌だと言えばそれに対して止めることなどできないし、何か行動を起こせば変化は免れない。
それに加え、これ以上積み木を高くする事は出来ないのだ。無残にも崩れ去るか、このままの状態で進んでいくかの二択。
ずっとこのままでいれたら幸せなのだろうか、そんな事は彼自身にすらわからない。
元々は自分で捲き、育てた種。それを摘み取るか枯らすかも自分次第だ。
今にして思えば、いかに自分が愚かだったかなど痛い程染みるのに、時間を戻すことなどできはしない。

面白い子を見付けたと彼は思った。
脅えてる表情にゾクゾクと背中に電気のようなものが走り、もう少し遊んでみたいという興味をそそらせる、そんな相手。
何よりも彼が面白いと思ったのはお礼を聞き返してきた事だった。
何がいいかなど自分で決めればいいのに、それをあえて自分に決めさせる、だなんて。
目の前で致していた。それを邪魔したのだ、続きを強要される可能性もあるのに、そんな危険を簡単におかしてしまう無防備な子。
沖田総司、校内でその名を知らない者などほとんどいないだろう。
彼は有名だった、良い意味でも悪い意味でも。
しかし本人はさしてその事に興味は無く、どんな事を噂されようと自分の尊敬している人物に影響が無ければ、彼にとっては毒にも薬にもならない。
それなりに楽しい学校生活ではあったのだろう。友に囲まれ彼女……というよりも性欲処理に困る事は無く、学業もそこそこできる。
だが、万人に好かれる存在などいはしないのだ。だからこそ、恨まれる事があってもしょうがない。女関係がだらしなければそこを突っ込まれるのは目に見えていたし、本人も本人で自覚している。
来るもの拒まず去る者追わずというのが一番近いだろうか。と言っても、彼が興味をしめした者だけが拒まれず近づく事が出来たのだが。
その子に振られればそれで納得できたし、此方が飽きればそれで終わり。いくら縋ってきても目を向けることなど無い。
期間限定の玩具とでも言うのだろうか、長くて五か月だったその存在に例外はない。無いはずだった、たった一人を除いては。
「彼女?いないよ、僕」
「……だって、さっき」
ああ……やっぱりそう見えるよね。いいんだよもう飽きちゃったから。
彼は内心そう思い、あれは友達なのだと口にした。
それが最初の失敗。
いっそ興味など持たなければよかった、そしたらこんなに苦しむ事も無かったのに。
彼は幾度となくそう思った。
二人に終わりはこなかった。その上、一応恋人同士という状態になるまで一年はかかっている。
最初はお弁当を作ってもらった。彼女はそれだけで関係を終わりにしたかったらしいが、それを許さなかったのは他でもなく総司自身。
面白い玩具を逃がしたくは無い、まだ飽きてなどいないのだから。
だから上手く引きとめ、何度も約束を取り付けた。
それが二度目の失敗。
そして彼女に嘘の助けを求めた、それが最後の失敗だ。
「僕さ、あんな噂たってるじゃない?でも正直嫌なんだよね、もう。だから助けてよ千鶴ちゃん」
その頃には総司と千鶴は普通の友達と言える程仲良くなっていた。
千鶴も千鶴で頼まなくてもお弁当を作って来てくれるようになっていたし、総司も彼女が横にいるのが当たり前になっていた。
が、彼も健全な男子高校生だ、相変わらず他の子達とも遊んでいたようだが。
しかし、彼女達とは今まで通り長くは続いていなかった。
この時点で既に千鶴は彼の例外だったのかもしれない。
「事実な気がしますけど」
それを一番近くで見て来たのは千鶴であり、噂が全くの事実無根であるなどという事が言いきれない事も知っている。
「僕は告白されると断れない性質なの、だから最初から告白されないようにすればいいんじゃないかなって」
二人の関係は嘘で繕われていた。主に総司の吐く嘘だったが、まれに千鶴も彼に嘘を語った。
大体は彼に対して隠しておきたい事、たとえば総司狙いの女の子たちによる嫌がらせ。
しかしそのほとんどは、千鶴に化けた彼女の兄が片付けてしまうのだが、なんという皮肉だろうか。
千鶴と総司が付き合っている事を一番強く反対しているのは彼。けれども、その関係を間接的に助長しているのも彼自身なのだ。
総司はと言えば、こういう事が初めてでは無かったし、最初は見逃していた。本当に最初だけ。
面倒な事も争いごとに巻き込まれるのも嫌だったのに、まるで彼女の傷つく様を見たくないとでも言うように、体が勝手に動いて仲裁に入る。
おかしいと思った。今までの子ならそんな事は思わなかったのにと。
この問題は別れの原因にもなる事がある。今までも何度かこれで彼女側から別れを切り出されていた。
もしかしたらそれが嫌なのか、とそんな考えが頭の片隅に芽生えた時にはもう手遅れ。
まるで毒でも回っているように、別れたくないという言葉が彼の思考を支配した。
いくら考えても思考はぐるぐる回るだけ、同じ答えしか出ない。
自分が傷つきたく無くて、でも彼女も傷つけたくはなくて。
別れたくない、ずっと自分の傍にいて欲しい、自分だけを見ていて欲しい。
彼氏気どり。実際彼氏ではあるし問題はないのだが、それでも始まりはあれだった。
千鶴は自分が好きで共に居てくれるのか、単なる同情なのかもわからない。
いつか、自分と別れ違う男と付き合うのだろうか。そんな事を少しでも考えれば、嫉妬で気が狂いそうになった。
それでも彼は、千鶴を好きなのだと気付けなかった。
これは今まで女の子と繰り返していた関係の延長線上にあるものだと彼は認識してたのだ。
「お前は、千鶴の事好きで付き合ってるのかよ」
そう問うたのは沖田と千鶴のきっかけとも言える彼女の幼馴染。
「好きだよ。ご飯は美味しいし、優しいから」
思ったままを口にすれば、彼は表情を曇らせた。
「そういうんじゃなくて、ほら、その……女として、っていうの?」
女として好き、とはどういう事だろうかと彼は思う。
そもそも好きに種類がある事すらおかしいと思っていた。
「わからないよ、でも好きな事は確か」
「じゃあ聞くけどさ、今まで付き合った子と同じ"好き"で千鶴を見てるわけ?」
それは違う、明確に否定出来た。
千鶴の好きと今までの子の好きを比較できないし、千鶴の好きと近藤の好きもまた違う意味でだ。
「違うよ、同じように考えるわけないでしょ」
「じゃあ今までとの違いはなんなわけ」
平助はまだ納得できないというように聞き返す。
彼にとって千鶴は大切な幼馴染だ。それ以上とかそれ以下とかは関係なく、今は幼馴染。
だからこそ納得できない事もある。総司を羨ましいと思う事もあるのだ。
「別れたくないし、誰にも渡したくない」
「……ならいいよ。千鶴の事、絶対泣かすなよ!」
それだけ言って平助は去って行った。
彼の言った女として好きという言葉が嫌に残って気分が悪い。
そして後にその言葉に対して総司は後悔する事になる、どうしてもっと早く気付けなかったのかと。


僕が君を好きだと言ったら、君は僕を嫌うだろうか。