君がくれたのは毒でした

03




「千鶴ちゃん、僕の事好き?」
彼の部屋、そのベッドの上で二人は寝転がっていた。
シングルサイズのそれは二人で並ぶとだいぶ狭く感じる。
季節は夏、しかし省エネなど関係無しにクーラーが稼働しているこの場所は暑いどころか肌寒い程だ。
「好きですよ」
彼女はかわすようにそう言った。
どういう意味での好きかなど、千鶴にしかわからない。
総司は平助が以前言った言葉を思い出す。
千鶴の事を女として好きかと聞いてきた過去を、彼は今でも悩んでいた。
ただ一つわかるのは、千鶴には友としてではなく、男として好きであって欲しいという欲が自分の中にあるという事。
「僕もだよ」
友達としては、千鶴も総司も同じように好いている。
だが、異性として好きかと聞かれたら素直に頷けない。
怖いと思っている。千鶴はいつか彼に飽きられるのではないか、と常に思っていた。
そしてそれは総司も同様、彼は千鶴に拒絶されるのが怖いのだ。
二人とも思っている事をなかなか切り出せないでいるのもそのせいだ。
彼女は『友』を望み、彼は『愛』を望んでいる。
千鶴は彼の友でいれる事が心地よかった。
彼女ではなく、友として傍にいたかったのだ。
なのにいつの間にか彼を好きになっていた。
千鶴を今まで守ってくれたのは薫だけ、彼は例外を認めようとしない。
自分が千鶴の一番で、薫自身の一番も千鶴、そういう関係が出来上がっていた。
だが、それを崩したのは他の誰でもない沖田総司、その人。
彼女は自分に対する嫌がらせをさして気にとめてはいなかった。
どれくらい酷くなろうと、それは彼の近くに身を置く代償だと思っていたから。
薫はもちろんいい顔をしなかったし、クラスで肩身が狭い思いも幾度となく経験した。
彼にもその事は隠していた。言う必要を感じ無かったから。
だが、千鶴のそんな嘘も総司にはお見通しらしく、簡単にばれてしまったのだが。
授業時間以外、彼は常に千鶴の傍に居た。休み時間もお弁当も下校の時も、だ。
しかもその状態で彼女を作っていたというのだから、千鶴は驚きが隠せない。
総司にどうして自分といる時間の方が長いのかと問えば、君が面白いからと必ず返ってくる。
何度聞いても同じ答えしか返ってこないから、もう聞く事は止めた。
それに、千鶴自身も彼と一緒にいる事は嫌いではない、むしろ嬉しいとさえ思う。
だがある日ふと思った。何故彼といる事が嬉しいのだろうと。
千姫と時間を過ごしている時も楽しいとは思うし嬉しいとも思っている。
同じくらい大切な友人とも思っている。だが何かが違う。
なにか暖かいような感覚が胸の中に溢れるのだ。
だからかもしれない、彼にあんな形で助けを求められた時、嬉しいと思ったのは。
もうすでに友人以上だという感覚が体中に渦巻いていた。
彼の、沖田先輩の彼女になれる。それが形だけだとしても、千鶴はとても幸せだった。
例えるならば、クモの巣に絡まって逃げられなくなってしまったという状態なのだろうか。
逃げようとしても逃げられない。ドロドロに溶かされて捕食されてしまうのだから。
何度も逃げようと考えた。それでも考えるだけですべて終わってしまうのだ、何故か。
だが、もう本当に潮時なのかもしれない、本心からの言葉で表して欲しい、なんていう欲望が出てきてしまう程なのだから。
せめて、せめて飽きられる前に。


彼は千鶴を腕に抱きながら、どうやったら彼女は本当に自分を見てくれるのだろうと思考を巡らせていた。
『好き』なんて言葉だけで言われてもなんの救いにもならない。
それはきっと彼女も同様、彼の言葉など響いていないのだろう。
好きとか嫌いとか、そういう概念で繋がっているわけではないという事。
同情か、それとも千鶴ちゃんは優しいから、この関係が始まる前に言った言葉に縛られているのかな。
だとしたら、言ってよかったよ。君がいなくならないならそれでいい。
総司はふっと鼻で笑った、くだらない事を考えた、と。
「なにか可笑しな事でも……?」
彼の腕の中で千鶴は小首を傾げ翡翠色の瞳を覗き込んだ。
「幸せだなって思ってさ、こうやって千鶴ちゃんを抱きしめられてる事」
総司にとってこの温もりは愛おしいさの塊だった。
「すごく落ち着くんだ」
今までの女の子たちも、こうやって抱きしめる事はあった。
が、それは全て情事の後であり、目の前の据え膳を我慢しながら抱きしめる、なんていう事は有り得なかったのだが。
しかも今は夏だ。もれなく露出度は上がっている。
それに加えて、千鶴は無防備だから困るのだ。一応彼氏の家に来るという事がわかっているのにノースリーブのワンピースなんてものを着てくるのだから。
誘っているのか、と問いただしたくもなる。
「ねぇ、抱いていい?」
「嫌です」
「そう……健全な男への挑戦状か何かかな、これ」
肩ひもの間に指を入れ、そう問えば、彼女は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振った。
その仕草に少しだけ総司は安心する。もし自覚してやっていたんだとしたら千鶴はいつの間にか、悪女へと成長を遂げていたという事になる。
しかも、彼以外の男を知らないのだから総司自身の手で、だ。
「よかった、もし本当にそうだったらどうしようかと思った」
「それは、あの、無いと思います」
「うん、それじゃあ我慢できなくなっちゃうからね。今でも相当辛いけど」
既に、総司の下半身は結構な有様になっていたのだが、彼に無理やり襲う趣味など無い。
経験上ゆっくりと焦らして我慢できなくさせてからの方が、女の子も乗り気だから。
ただ、理性にも限界がある。
こういう男心、わかって欲しいんだけど、千鶴ちゃんには難しいよね。
「いつになったら抱かせてくれる?」
「もしかしたら、一生無いかもしれませんね」
クスクスと笑いながら冗談めかしく彼女は言った。
「……そっか、残念」
その言葉に総司は一度目を大きく見開いた。が、そんな動揺はすぐに掻き消す。
彼女に合わせるようにほんのりと唇に弧を描かせながら、彼は徐々に体を起き上がらせる。
千鶴に悪気はない、だが真実だ。
二人は一応恋人同士。気持ちを確かめ合ったわけでもなく、好き合っているわけでもない。
少なくともお互いは知り得ない感情だ。
「好きになれる女の子に出会うまで、告白を断るための口実。ですから」
千鶴が言葉を紡ぐ最中、総司の目は少しずつではあるが暗く陰っていった。
「いつかは、千鶴ちゃんもそんな男の人が出来るのかな」
大切で、誰にも渡したく無くて、たまらなく愛おしく思うようなそんな男。
「……そうなれば、いいですよね」
そんなの僕が作らせるわけないでしょ。
「千鶴ちゃんはさ、昔みたいな友達に戻りたいって思う?」
総司は寝転がったままの千鶴の頬をゆっくりと撫でた。
「先輩に好きな方ができたら、すぐにでも身を引きますよ」
「なら、ずっと僕たち一緒だね」
彼は千鶴の額にキスを落とした。最後の優しさを見せるように。

バランスを失った積木はガラガラと音を立てて崩れた。